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絵本のある暮らし

絵本と一緒に小さくかわいく暮らしたい

【イヤイヤ期の終息と子どもの心】子どもが自分の負の感情を抱えられるようになるのはいつから?

最近、図書館で借りた絵本

『でんでんむしのかなしみ』

最近、図書館でこんなタイトルの本を借りました。

どこかで聞いたことのあるような、と思いつつ、不思議な色彩の絵にも惹かれて何気なく借りてみました。

 

作者は、童話作家新美南吉さん。

1913年生まれ、愛知県半田市出身

『手ぶくろをかいに』『ごんぎつね』などの作品を書かれた方です。

彼は、中学生の頃から作家を目指していて、15歳の日記に「ストーリーには悲哀がなくてはならない、悲哀は愛に変わる」と日記に書いていたそうです。(絵本『でんでんむしのかなしみ』のあとがきより)

すごい感受性の豊かな中学生ですよね。

絵本の内容を少し紹介したいと思います。

 

『でんでんむしのかなしみ』

 

 ある日、でんでんむしは、自分の殻の中には悲しみしか詰まっていないことに気がついてしまいました。

そこで、他のでんでんむしに相談にでかけます。

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すると、他のでんでんむしたちも皆「あなたばかりではありません。わたしのせなかにもかなしみはいっぱいです」とこたえるのです。

それから、何匹ものでんでんむしに同じ相談をしても、同じ返事がきます。

とうとうでんでんむしは気づきます。

かなしみはだれでももっているのだということに。

わたしだけではないのだと。

 

絵本を読んだ3歳半児の反応は?

はじめてこの絵本を息子と一緒に読んだときのこと。

読み終わって、私はどうだったかなぁ?4歳前の息子には難しかったり、怖かったかな?と思っていました。

すると、

絵本を閉じた瞬間に息子が、

「ママ、涙出ちゃった?」と聞いてきました。

私は「大丈夫だよ、涙出てないよ。◯◯(息子の名前)ちゃんは?」と言うと、

息子は、「大丈夫だったな、泣いてなかったもんな、でんでんむし」って答えました。

 

そう、でんでんむしは、最後は自分の悲しみを自分のものとして抱えることができ始めたのです。

だから、泣いてはおらず、どこか微笑んだような表情をしていました。

最後にでんでんむしが泣いていないことの意味までわかっているかどうかはわかりません。

けれど、このでんでんむしが、最後に泣いていなかったということに息子は気づいていました。

このでんでんむしが、大丈夫だったんだと息子はわかったのでしょう。

 

イヤイヤ期の終息と子どもの心 

息子は、3歳直前くらいからイヤイヤ期が終息し始めました。

もちろん、今でもギャーギャー怒ることはありますが。

 

その中で気づいたことがあります。

それは、イヤイヤ期が終わりかけたころから、「イヤ」の気持ちを自分で対象化してみれるようになってくるということです。

いくつか私がそれに気づいたエピソードを紹介してみたいと思います。

 

イヤイヤ虫、飛んでいけ〜 

ある時、イヤイヤと泣きわめいて怒っている息子に、

「◯◯ちゃんの中に、イヤイヤ虫が入ってきちゃった。大事なお腹の中だから、いなくなれ〜、あっちいけ〜ってママがしてみるね!」と慌てた感じで私が言いました。

一瞬泣くのが止まり、私がイヤイヤあっちいけを続けると、

しばらくして、ちょっと恥ずかしそうに笑いながら泣き止みました。

その後、少し甘えて抱っこしてほしいと寄ってきて、その時のイヤイヤが終息。

 

僕の中には大事なものが入っている 

そんなことがあって、しばらくして

保育園に朝に行く時に、頑張って泣かずに朝の準備をして出かけられたことをほめると、

「僕の中には、大事なものが入ってるからな。強いものも入ってるもんな!」って言うのです。

私は少し感動しました。

「そうそう。◯◯ちゃんの中にはいっぱい大事なものが入ってるね!」って答えました。

 

我慢できないものがはいってきちゃった!

最近も、トーマスのおもちゃがほしくて仕方なくてグズった時のこと。

「僕のお腹の中に、我慢できないものが入ってきちゃったよ!!」って。

面白い表現だなあ〜って思いました。

 

同時に、そうか、我慢できなくなっている自分の気持ちに気づいている自分がちゃんとこの子の中にあるんだ、その自分が一生懸命、今の自分のイヤな気持ちを抱えようと頑張っているんだ!って感心ました。

 

自分の心の中に、いろんな気持ちがあることに気づくこと。

それは、きっとそのいろんな気持ちと、いろんな気持ちがあることに気づいている自分がいるということです。

 

こうやって、自分の気持ちが少しずつ「対象化」っていうのか、自分とちょっと線引された外のものになっていくと、その「気持ち」を抱えていく自分というものが少しずつ出来てきます。

自分と気持ちが一緒になって渾然一体の状態だと、その気持に自分が飲み込まれているので、その状態に気づいて自分の気持ちを抱えていく自分なんて存在していません。

 

イヤイヤ期とその終わり。

イヤイヤ期が全身全霊で「自分」を発見して、世界に「自分」を主張する時期。

そのイヤイヤ!!の中で、どこまでが周囲がその自分を許してくれるのかを知り、

どこまでがOKでどこからはNOなのかを体当たりで学ぶ時期だと思うのです。

 

そして、イヤイヤ期が終息し始めた時期からは、そのOKだったり、NOだった「自分」をもう一人の大きな「自分」が理解して抱えていけるようになる時期。

イヤな出来事や思うようにならない出来事やそれにまつわる負の感情が自分の中にあることに気づくようになります。

でんでんむしの殻の中に悲しみが詰まっていたように、

少しずつ子どもの心の中にも、満たされない悲しみが詰まっていく時期かもしれません。

でも、それは強い心、豊かな心の成長につなっがっていくものでもあると思います。

全てが満たされる万能な世界なんてありませんから。

子どもの心って本当に日々変化していて、すごいなぁと感心します。

 

▼イヤイヤ期についての過去の記事です。

www.kiwigold39.com

www.kiwigold39.com

 

おまけ 

週末に、子どもの絵を整理していました。

年齢が経つにつれて、◯が描けるようになってきて、何かが◯の中に描きこまれるというか、何かが◯で囲まれるようになってきます。

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これも、いろんな気持ちを包みこむものが子どもの心の中にでき始めた時期の絵なのかもしれないなあって思いました。

 

こちらは、2歳のときの保育園での作品。

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 う〜ん、息子のでんでんむしの殻の中には何が詰まっているのかな?

子どもの絵って、不思議です。

 

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